第8章 煉獄家
煉獄さんが、何故か得たいの知れない空気を醸し出していたかと思えば、唐突に色気ムンムンの状態で私に迫って来て、キスされそうになった。
唇じゃなくて鼻の頭に受けたそれを、驚くと同時に残念だと思ってしまった私は、確実に彼に心惹かれ始めている。
その後も、男性の前で妄りに肌を晒すなと言った感じの、まるで真夏の夜に路上を彷徨く薄着の女子中学生を補導するお巡りさんの様な感じで注意をされたりと、煉獄さんが何を考えて居るのかサッパリ分からない。
「さあ出来たぞ!」
「ありがとうございます、煉獄さん」
何だかんだで結局、もう一度煉獄さんは私に着物を着せてくれた。
今度は鏡の前でしっかり着付けのお勉強も出来たので、次の機会があれば一人で着られる・・・筈。
「大丈夫だ、君ならばその内一人で出来るようになる!」
「が、頑張ります!」
「うむ!」
ポンポンと頭の天辺で煉獄さんの手の平が弾む。
ニッコリと笑う煉獄さんからは、ちょっと前に感じた怖い感じや妖艶な気配は微塵も感じない。
着付けの時も、お互い多少の気恥ずかしさはあったが、それでも健全な空気が保たれていた。
「名前」
「はい?」
「ありがとう」
煉獄さんが、突然私に頭を下げた。
私が慌ててどうしたのかと訊ねると、顔を上げた彼は嬉しそうに目を細め、私の手を握った。
「君のお陰で、俺は父の気持ちを知る事が出来た。再び家族の絆を取り戻せた。本当にありがとう」
煉獄さん曰く、私のある意味無謀な啖呵というか訴えが、槇寿郎さんの心に何かしら働き掛けたらしい。
「そんな・・・私の言葉なんて、少しのキッカケに過ぎなかったと思うんです」
私みたいな部外者に何を言われたところで、槇寿郎さんは変わらなかったと思う。
あの人の心に息子を想う気持ちが残っていたからこそ、今の結果があるのだ。