第8章 煉獄家
そもそもは名前の行動を改めさせるのが目的だったというのに、自分で仕掛けて置きながら、どうぞ襲って下さいと言わんばかりに目を閉じる据膳。
これでは此方の方が理性を試されている気分だと杏寿郎は思う。
このまま唇を奪うのは簡単だが、未だ名前にきちんと自分の想いを伝えていないのにそれをするのは駄目だ、と必死で耐えた。
ちゅ。
結果、名前の鼻先に軽く口づけるに留めた。
「んひゃっ!?」
名前がビクッとその身を震わせて、恐る恐る目を開ける。
不安に揺れるその瞳を前に杏寿郎は小さく息を吐くと、頬に触れていた手を肩に置き、僅かに距離を取った。
「まったく・・・よもやよもやだ。たった今俺の忠告を受けて尚その有り様では、先が思いやられる」
「忠告・・・?」
この調子では、他の男の前でも同じ事をしそうだ。
隙だらけの名前など、何処の馬の骨とも知れぬ輩にパクリと喰われてしまうだろう。
自分の居ぬ間の事を思うと、杏寿郎は気が気でない。
「君はもう少し危機感を持ちなさい」
「?」
世の男どもは多かれ少なかれ女性に対し邪な思いを持っており、女性の些細な仕草や姿が男には刺激となり、欲を抱かせる事となる。
本来は男が耐えれば良いだけの話だが、女性の方でも自分の身を守る為には、気を配る必要がある。
杏寿郎が子供を諭す親の気持ちで滾々と説き伏せていると、名前は目をぱちくりと瞬き、首を傾げた。
「・・・えーと、気を付けます?」
「君、分かって無いだろう」
半眼で問えば、眉をハの字にさせて上目遣いに自分を見てくる名前に、深々と溜め息を吐く杏寿郎だった。