第8章 煉獄家
今から少し前、名前のお陰で家族の絆を取り戻せた杏寿郎は、彼女にお礼が言いたくてソワソワしていた。
女人の入浴は長いと聞くが、彼女が風呂場へ向かってから大分経つ。
少々せっかちな所のある杏寿郎は、終には待てなくなり風呂場へと足を向けた。
「む?」
杏寿郎の視線の先で、名前が風呂場から勢い良く飛び出し、廊下を走って行った。
帯を締めていない羽織っただけの着物の裾を襦袢ごとたくし上げ、そこから彼女の白い足が伸びている。
「よもや・・・」
現在この屋敷に居るのは、杏寿郎と名前と父と弟の四人。
いくら自分の大切な家族でも、彼女のあの様な姿を見せたくはないと、追い掛けて名を呼んだのだが。
振り向いた彼女の格好があまりに刺激的で、杏寿郎は一瞬にしてその姿に目が釘付けとなった。
「君は無防備過ぎる」
客間の中央で肩に担いだ名前を畳の上にそっと下ろした杏寿郎は、そのまま踵を返して開けっ放しの襖をピシャリと閉めた。
くるりと振り返れば、名前はペタンと座り込んで固まっている。
湯上がりの所為かそれとも何か別の理由か、彼女は顔を上気させ瞳を潤ませていた。
本当に、今すぐこのまま押し倒してしまいたい。
「その様な姿で走り回ってくれるな。でないと・・・」
ゆっくりと手を伸ばし、杏寿郎は林檎の様に朱い名前の頬に触れる。
すると名前の喉がゴクリと鳴った。
「俺みたいな男に、うっかり襲われてしまうやも知れんぞ」
目を細めた杏寿郎が顔を寄せると、名前はうろうろと視線を彷徨わせてからギュッと目をつぶった。