第8章 煉獄家
「千寿郎・・・」
いつもと違う優しい声音で自分の名を呼ぶ父の瞳が、涙で潤んでいた。
「千寿郎、こっちにおいで」
こちらへ腕を伸ばす兄の顔も、涙で濡れている。
千寿郎は堪らなくなって、二人の元へ駆け寄り飛び付いた。
「父上、兄上・・・!」
「千寿郎・・・俺はお前が日輪刀の色が変わらぬ事で悩んでいるのを知りながら、見て見ぬ振りをしていた・・・長い間父親らしい事を何一つしてやれず、すまなかった」
「・・・」
父の言葉に千寿郎は泣きながら首を振る。
「今更謝ったところで、お前達にしてきた過去は消せない。覆す事は出来ないのは分かっている。だが、それでも・・・どうか俺を、お前達の父で居させて欲しい」
「・・・ち、うえ・・・父上・・・父上はっ・・・何があろうとも、父上です!」
千寿郎はボロボロと涙を溢しながら、父の顔を見つめて叫んだ。
ずっと、この家はどこか歪だった。
母は物心付く前に亡くなってしまった為、どんな人だったのか覚えていない。
部屋に籠りきりの父は自分を見てはくれず、その代わりに兄が優しく見守ってくれた。
けれど兄は任務で家を空ける事が多く、その度に孤独を感じた。
冷えきったこの家に兄弟で細々と炎を灯し、消さない様に絶やさない様にと、千寿郎は必死で過ごしてきた。
「父上、僕からもお願い致します。どうかこれからも、僕と兄上の父上で居てください!」
「千寿郎・・・」
「千寿郎の言う通りです。父上、俺達の父上は貴方しか居りません」
「杏寿郎・・・!」
父にすがり付いて泣く千寿郎と、弟の背に手を伸ばし父の肩に額を預ける杏寿郎と、二人の息子の頭を両腕で掻き抱く槇寿郎。
今、漸く家族の心が一つに重なった。