第8章 煉獄家
湿り気を帯びた黒髪の水分を、タオルでそっと拭う名前の仕草が艶っぽい・・・等と、またもや思考が桃色になり掛けブンブンと首を振る。
すると杏寿郎の水気の抜けきれていない髪から微かな水飛沫が飛んで、名前は冷たいと声を上げた。
「む、すまん!」
「もー。煉獄さんも髪の毛ちゃんと拭かないと。ほら、こっちのタオルは未だ使ってないので、これで拭いて下さい」
名前がタオルを手にしたその時、左腕に巻かれた包帯が袖からチラリと覗き、杏寿郎はハッとしてその腕に触れた。
「この包帯は一度外した方が良いな」
「あー・・・外さないと駄目ですかね?」
「駄目だな!」
「でも、新しい包帯もしのぶさんの軟膏も此処には無いですし・・・」
「有るぞ!」
ゴソゴソと懐から取り出されたそれに、名前はキョトンと杏寿郎の顔を見つめる。
「?何で煉獄さんが持っているんです?」
「胡蝶から預かっている」
「しのぶさんから?」
「備えあれば憂いなし。と言うだろう?」
「??」
「時に名前、千寿郎が風呂の準備を整えてくれた様だ。今は父上が入っておられるが、君もちゃんと身体を温めた方が良いだろう」
「え、でも・・・」
杏寿郎の持って来てくれた姿見の前に立ち、名前は着物姿の自分をじっと見つめる。
お風呂は有難いけれど、折角着せて貰った着物を早々に脱ぐのも忍びない。
それが顔に出ていたのか、杏寿郎がクスリと笑った。
「そんなにその着物が気に入ったのか?」
「あの、もう少し、着てたい・・・です」
モジモジと伏し目がちに答える名前の姿に、次は着物を仕立てて贈ろう。
と、強く心に留め置く杏寿郎だった。