第8章 煉獄家
ドスドスと足音を立てながら廊下を歩く杏寿郎は、額に筋を浮かべ僅かに息を荒げていた。
「よもや、危なかった・・・!」
名前の余りの可愛さに、何度手が出そうになった事か。
その柔い身体を抱き寄せて、紅く色付いた唇を吸いたいと。
一瞬でも理性を飛ばし掛けた自分が情けない。
「うーむ、不甲斐なし!!」
パァンッ!と両手で頬を叩き己を諌めていると、背後から声が掛けられた。
「兄上」
「千寿郎、どうした?」
「入浴の準備が整いました。さっき父上が向かわれましたので、あと三十分程で入れるかと思います」
「む、風呂か・・・」
「女性は身体を冷やすのは良くないと聞きますし、名前さんも入られた方が良いのでは?」
風呂という言葉を耳にした杏寿郎の脳裏に、ホワンと名前の入浴姿が浮かび上がる。
ガン!
「兄上!?」
「よもや・・・驚かせてすまない、千寿郎!名前には俺から伝えておこう!」
突然自分で自分の頬を拳で殴った兄に千寿郎が驚愕していると、杏寿郎は笑顔で弟の肩を軽く叩いてから立ち去った。
客間に戻ると、髪を解いた名前が杏寿郎を出迎えた。
「失礼する!名前、姿見を持って来たぞ」
「あ、煉獄さん。お帰りなさ、い・・・?何かほっぺたが腫れて赤くなってますけど、大丈夫ですか?」
「問題ない!直ぐ治る!」
「そう、ですか?」
「うむ!」
畳の上にそっと姿見を下ろすと、傍に寄って来た名前がしげしげと眺める。
「わあ~、立派な鏡ですね」
「うむ、昔母上が使っていた物だ」
「そうなんですね。あ・・・やっぱり髪の毛、まだ結構濡れてるや・・・」