第8章 煉獄家
「でも、雨で濡れちゃったから一度解いた方が良いかなぁ・・・うーん」
ポツリと呟いた後、名前はリボンの端を摘まんで首を傾げた。
ベルベット生地は水分に弱かった筈なので、雨で濡れて染みになったり表面の起毛が傷んでしまう前に、きちんと手入れをした方が良いかもしれない。
「うむ!出来たぞ!」
「え」
ポム!と杏寿郎に背を叩かれた名前は、キョロキョロと自分の身体を見下ろした。
「な、何と言う早業・・・煉獄さん凄い」
着物は帯で締め付けられて苦しそうなイメージを持っていたが、実際は差程苦しくも無く、背筋がシャキッとする。
それに、今着せて貰った着物は成人式で着る振袖と違いシンプルで、触れた感じ帯の辺りもゴテゴテとしていない。
「あ、あの・・・どうでしょうか?」
杏寿郎の前で名前はクルリと回って見せ、自分の着物姿が彼にどう映っているのかと、恐る恐る聞いてみる。
「うむ!良いな。いつもの洋装も似合っているが、こちらも清楚で可憐だ・・・この着物を選んだのが父上だと言う事が少々口惜しい」
「うあ・・・あ、ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
ボボボボと頬どころか耳まで朱くなった名前は、蚊の鳴くような声で礼を言うのが精一杯だ。
「む。世辞ではない、君に相応しい姿だ。どれ姿見を持って来よう!」
そう言って杏寿郎が客間から出て行った瞬間、名前は膝から崩れ落ちそうになった。
『っ・・・!?ぁあーーーっもうっ!何なの煉獄さん!そんなに誉め殺して!貴方は私をどうしたいんですかぁ~!?』
本当なら声高に叫びたいところだが、そんな事が出来る筈も無く、名前は声無き声で叫んだ。