第8章 煉獄家
杏寿郎は名前の背に手を添えると、部屋の奥へ進むよう促した。
後ろ手に襖を閉め、静まり返った室内で二人は向かい合う。
俯いた名前はその身に巻き付けた羽織りの端を握り絞め、離す気配が無い。
「先ずその羽織りはこちらで預かろう」
「え、あ、はい・・・」
身長差から頭頂部しか見えない為、名前がどの様な表情をしているのかは分からない。
彼女の手を羽織りから外させながら、ふと、せめて背後からならお互いそこまで意識せずに済むやも知れぬと思い立つ。
シュルリと音を立てて羽織りを脱がせると、左前の襦袢や肩に引っ掛けられた菫色の単衣が露になった。
「よもや、これでは死装束になってしまうぞ」
「死に、装束・・・?」
「合わせが逆だ」
クスリと笑った杏寿郎に対し顔を上げた名前が身動ぐと、元々結びの甘かった帯紐がスルッと解ける。
「あ」
「む」
緩んだ襦袢の合わせ目から、雪の様に白い肌とふっくらした胸の谷間が杏寿郎の視界にドンと飛び込んで来た。
彼女の上気した朱い顔や少し潤んだ瞳も相俟って、それらはより一層破壊力を高め、杏寿郎に襲い掛かる。
「よ、よもや・・・っ」
片手で口元を覆い、杏寿郎は顔を背けた。
心の臓がバックンバックンと音を立て、一気に血の巡りが良くなる。
鼻の奥からつぅ・・・と鼻血が垂れてくるのを、咄嗟に呼吸を駆使して止めた。
この程度の露出は同じ柱である甘露寺で見慣れている筈だというのにこの体たらく。
これは思ったより手強い、と額に筋を浮かべつつ杏寿郎は拳を握り締めた。