第8章 煉獄家
屋敷に上がった杏寿郎は途中ですれ違った千寿郎からタオルを数枚受け取りつつ、名前を腕に抱いたまま廊下を進み客間に辿り着いた。
恐らく自分達の通った後には点々と水滴が落ちているだろうが、今はやむ無しと襖を開けて部屋に入る。
「名前、今着替えを持って来るからここで待っていてくれ」
「はい・・・」
「よもや、本当に大丈夫か?」
「・・・」
畳の上に下ろした名前はすっかり力が抜けた状態でフラフラとしており、杏寿郎が背を支えていなければ今にも倒れ込みそうだ。
一先ず名前を壁に寄り掛からせて座らせると、タオルで濡れた髪や衣服を拭いてやり、それから羽織りを脱いで彼女に掛けた。
炎柱の羽織りは雨を弾く特殊な加工がされており、表面を軽くタオルで拭けば今の名前には防寒具となるし、何よりも彼女の姿は杏寿郎にとって目の毒だ。
白いブラウスを押し上げる柔らかそうな胸の膨らみや、臙脂色のロングスカートからチラリと覗く細い足首。
金糸で縁取られた朱色のリボンで髪を高く結い上げている為に、さらけ出された真っ白な項。
極力見ない様にしていたが、濡れた衣服が張り付いて肌が透ける様は艶めかしく、それが好いた人のものだと思えば殊更に意識してしまうのだった。
「直ぐ戻る!」
己を制する為に頬を両手でパンッと叩き、客間を飛び出した杏寿郎は自室で手早く着替え、父の部屋へと走った。