第8章 煉獄家
父について、思うところが無いといえば嘘になるが、それでも杏寿郎の中では既に折り合いがついていた。
敢えて望むとすれば、もう少し酒を控え身体を大切にして欲しい。
雨が降る。
ザーザーと音を立てて、この場の全てを包む様に。
考えても仕方がない事は考えるなと、心の奥底にずっと封じ込めてきたものがある。
いつか父が振り向いてくれると、昔の様な情熱を取り戻してくれると信じて、亡き母の言葉を胸に心を燃やし、弟と励まし合い頑張って日々を生きてきた。
名前の腕の震えが、繋いだ手を通して杏寿郎に伝わってくる。
必死で父に向かって叫び涙する彼女の姿が胸の奥の、覚えのある痛みを呼び起こした。
自分はいつの間に、この痛みを感じられなくなっていたのだろう。
こんなにも辛く寂しかった筈なのに。
見れば父も痛みに耐えるかの様な顔をしており、弟は肩を震わせ雨とは別のもので頬を濡らしていた。
不意に槇寿郎の手を掴んでいた名前の左手が力を失いスルリと滑り落ち、杏寿郎と繋いだ手からも力が抜けて、膝を付いた名前の身体が前へと傾いていく。
「名前!?」
杏寿郎が咄嗟に抱き止めると、名前はぐったりとしていた。
「すい、ま・・・せ、何か・・・力が、抜けてしまって・・・」