第8章 煉獄家
「あうう・・・せ、千寿郎君、私の方こそ貴方のお兄さんには色々とお世話になってるの。だから、その、私はそんな大層な人間じゃないし、あの、気にしないで欲しいというか・・・ね?」
名前はオロオロと頭を下げたままの千寿郎に声を掛けつつ、どうしよう・・・といった視線を杏寿郎へ向ける。
そもそも名前には当時の記憶が無い為、杏寿郎を助けたという認識が限りなく薄い。
したがって、身に覚えの無い件で感謝されるのは困るというか、少々心苦しいのだ。
二人の傍らに立ち腕を組む杏寿郎は、ふと思う。
自分が死す事で、炭治郎はこの煉獄家に遺言を伝えに来る。
彼の言動によって父と弟は歩む路を改める訳だが。
今この時、自分は生きており変わらぬ路を進む二人は、運命から外れているのではないだろうか。
「千寿郎」
「はい?」
名前を除き、運命から外された杏寿郎だけが言葉にし、聞き取る事の出来るそれに、案の定というか千寿郎は反応を示した。
自分の考えが正しかった事に杏寿郎は頷き、同時に複雑な思いで弟を見つめる。
協力者は確かに必要だが、この優しい弟を巻き込む事には些か抵抗があった。
どうするべきかと悩む杏寿郎だったが、羽織りを引かれて振り向けば、何やら名前が拗ねた様子で口を尖らせており、はて?と首を傾げる。