第6章 彼女の力
「だが俺一人では少々荷が重いな」
「分かってる。だから杏寿郎は協力者を作って。あのお話は、運命から外れた人間だけが聞く事の出来るものだから」
今なら全部思い出せる。
杏寿郎を想って涙する私を、あの場所へ引き寄せた人でも鬼でも無い存在。
姿も声さえも無い、けれども確かにソレは居た。
『名前の願いを叶えてあげる。だから名前を頂戴』
ソレがやろうと思えば私なんて簡単にどうにか出来る筈なのに、何故かソレは私自身に選ばせた。
気紛れか退屈しのぎなのか、それとも他に何か理由があったのか。
ソレは幾つかの約束と共に取引で私に力を与え、放り出した。
取られた過去の他にも、その衝撃で私の中からこの時のやり取りとかその他諸々吹き飛んで、色々と問題が起こった訳だけど。
きっとソレは全部分かった上で放置していたに違いない。
今この瞬間も、『向こうへ行ったらここでの事は全て忘れてしまうからね』だなんて言っておきながら、とんだ嘘つきだ。
まあ、お陰で杏寿郎には会えたけど。
神とか悪魔とか、人智を越える存在が考える事なんて想像も付かないけど、結局のところ私は杏寿郎さえ生きて幸せになってくれたなら、それで良いのだ。