第7章 その『理由(わけ)』
何かを思い出しているような、そんな調子だった。
「誰? それ」
『あんたは奴の何を知ってる?』
『奴は俺よりは遊んでんだろ』
そんなのはやっぱりあの人のでっち上げ…?
そう思ったけれど、何故か言葉が継いで出てきた。
「あの、橘さんって人が和泉さんについて、変な事を言っていて」
「彼が何て?」
「え?」
「あ、いや。ちょっと思い出してね、昔仕事の付き合いでちょっと」
彼が何て、と、そう言ったいつもと和泉さんの声色が違った。
和泉さんは遥さんを知っている。
何だか気持ち悪い感じの、妙な汗が出てきた。
「旭ちゃん、彼に近付いちゃ駄目だよ。もちろん話すのも」
「……何故ですか?」
「約束してくれるね?」
「………」
何も、言えなかった。
さ来週丁度一時帰国出来るから、食事に行こう。
電話を切った、和泉さんはいつもより余裕が無かった。
私や和泉さんのように普段理由を持って生きているタイプの人間。
それなのにそれを言わない時は、なにか後ろめたい事があるから、だ。
和泉さんの祖父は今の会社の副社長だったと聞いていた。
若くしてそれなりの役職に就いている事を本人はただの縁故だと謙遜していた。
そんなものもあって社内でも評判が良く、優しくて紳士的な彼。