第2章 不穏な男
「昔大学ん時に初めて出来た彼氏と別れたの、旭ってば凄く凹んでたもん。 あれ以来、もう何年ぶり?」
そう言って、香織は遠い目をして何とも言えない複雑な表情をした。
あの時は家に訪ねてきた彼女を巻き込んで泣いて泣いて。
香織はそんな私の話をずっと聞いてくれていた。
そんな思い出にじんとして時計から目を外して改めて香織を見詰める。
「…ありがとう、香織」
素直な気持ち。
女友達に婚約者が出来た、純粋な祝いの言葉。
見掛けも性格も異なる私たちがもう十年も友人同士なのはこんな香織の性格による所以である。
お互い社会人になり私は一般企業に勤め香織は化粧品会社の営業をしているが、それでもこうやってたまに会うと肩の力が抜ける。
幼なじみっていいものだ。
「ねえ、彼の写真とかないの? 見せてよ」
そうやって身を乗り出してくる彼女にスマホの画面を差し出した。
「わあ! お兄ちゃんタイプ? 優しそうだしイケメンじゃない! これで仕事も出来るなんて、どれだけあんた運がいいの?」
画面を凝視しつつ、目を丸くして大袈裟に褒めてくる。
「私もそう思う。 こんな人が何で私なんかを、っていつも」
惚気だとでも思ったのか、香織が私の頭を小突いてきた。
だけど真面目な話、私自身そう思っているのだから。
肩を竦めて自嘲気味に笑った。
眼鏡を掛けた知的な印象の私の婚約者、工藤和泉(くどういずみ)。
だけど知的といっても堅物という訳でもなく、話も上手いし優しく私を甘やかしてくれる。
「でもねえ、どうなの? 婚約者放ったらかしで3ヶ月も出張だなんて」