第33章 準備期間
「杏寿郎さん。」
杏「む?何だ。」
「…何で…、何であんな噂を流したんですか……?」
そう問うと静かに走っていた杏寿郎が僅かに体を揺らした。
それを感じると桜は少しだけ気まずそうに眉尻を下げる。
「お部屋で目が覚めた時、杏寿郎さんがいなくて不安に思っていたらユキが耳を澄ませて茂雄さんと隆史さんに話している内容を教えてくれて…。」
杏寿郎はそれを聞くと小さく息をつき、既に自身の考えを分かっている様子の桜を優しい目で見下ろした。
杏「何も言わずにすまない。君に言えば止めようとすると思った。その顔を見るに俺の予想は当たっていたようだな。」
「あ、当たり前です。あの噂は杏寿郎さんが炎柱だからこそ広まります…。そして同時に炎柱の名に傷を付ける事になります……そんな事を、」
杏「固執した暴力に関してあまりにも情報が少ない。身内を疑いたくはないが呼吸を使える隊士に暴力を振るわれれば君は死ぬぞ。姿を晒す可能性が完全に無いとは言えない以上、この噂は必要だと判断した。」
(…やっぱり…私の事が原因だったんだ………。)
桜は杏寿郎がした事も理解出来るが故に悔しいような申し訳ないような気持ちのやり場に困って俯いた。
杏寿郎はそれを見て眉尻を下げる。
杏「すまないが君が反対しようとも坂本と澤村の反応を見てこうしようと決めていた。俺はほとんどの隊士の上官だ。予め睨みを利かせていれば彼等も理性を保ちやすいだろう。」
「………ありがとうございます。」
桜は自身に対する情けない感情を飲み込んで杏寿郎に礼を言うと杏寿郎の胸に顔を埋めた。