第33章 準備期間
杏「簪のようだが…。見覚えはあるだろうか。」
杏寿郎が差し出した簪を手に取ると水琴の大きな目からぽろぽろと大粒の涙が溢れてくる。
水「母の形見です。最近になって弘人の行動が変わったのなら…これが理由です。取り返してくれたんだわ…そうでなきゃ人を殺すなんて…食べるなんて……する筈が、」
杏「坂本も澤村も言っていたが、彼は十二鬼月になった事がある。それも鬼になってから二年以内のうちにだ。二年のうち、関係のない人達を大勢喰っている。その簪を巡って何があったのかは知らないが、それに関わる事であったとしても正当化出来る殺しはない。」
水「あ、貴方に何が…、」
杏「勿論分からない!!事情を知らず偉そうな事を言った事は自覚している。だが目を瞑らず彼がした事もちゃんと見てくれ。」
「お、弟さんは………、」
黙って聞いていた桜はまだ納得していない様子の水琴に静かな声で話し掛けた。
「弟さんは…今の水琴さんをどう思いますか…。弟さんは自分がした事を……どう思う子でしたか…?
………弟さんの気持ちを読み誤ってませんか……?」
それは杏寿郎に以前言われた言葉だった。
水琴は切羽詰まった顔で何か言い返そうとしたが、桜の酷く心配そうな優しい顔を見るとフッと力が抜けて泣きだしてしまった。
桜はそれを見ると膝立ちで側に寄って優しく抱き締め、慈しむように震える水琴の背を撫で続けた。