第32章 ※ちぐはぐな心と体
(杏寿郎さんの…匂い……くらくらしてきた…。今、杏寿郎さんは自身から触れるのが難しいみたいだし……体をどうにかするには…私から触れるか、どう触れてほしいかを言わなきゃ………でも、)
杏「…桜。」
杏寿郎の呼び掛けに桜は返事の代わりに体を大きく震わせた。
それを見て杏寿郎は眉尻を下げる。
杏「すまない。恥ずかしがりの君には酷な頼みだったな。息もどんどん苦しそうになっている。わざわざ部屋まで変えたというのに不甲斐ない。」
「だ、大丈夫です!………では…お風呂でも出来ましたし、一人でやってみます。杏寿郎さんは任務でお疲れでしょう。もうお休みになってください。」
桜はそう努めて柔らかい声で言いながら微笑むと杏寿郎の腕から出て隣の布団へ入った。
「今日、一緒に街を歩けてとても楽しかったです。リボンも…本当に本当に嬉しかったです。おやすみなさい、いい夢を。」
そうはにかみながら微笑むと桜は杏寿郎に背を向け 少しでも声を小さくして眠りを妨げないようにと布団を頭まで被った。
杏「俺もだ。」
杏寿郎は短く返事をすると就寝の挨拶はせずに布団に入り、横向きになって桜の布団を見つめた。
杏(そのように声を押し殺し布団で抑えても、例え色香が漏れていなくとも、辛い思いをしていると知っていれば眠れる筈がないだろう。)
そう心配する気持ちを持ちながらも、杏寿郎は自身の中に燻り続ける荒い欲を忌々しく思い 眉を寄せた。
杏(俺がこれを自制できる確かな自信を持てていたら桜に辛い思いをさせないで済むというのに。)