第96章 夢が叶う時
杏「どうだろうな。俺の家の蔵に君の写真があったのは俺が後の世に残したからだ。あの男が君を知る時間を早めたのは俺のせいだぞ。」
「遅いも早いもないですよ。あの人は結局誘拐しちゃってたんですから。写真については異なる部分がありますが パラレルワールドは存在しないんだってバランサーが何度も言っていました。杏寿郎さんのせいじゃありません。それに…、」
言葉を切ると桜は自身の太ももに視線を落とす。
「…こんな話、不謹慎なのですが 私が大正時代へ行っていなくても2回目の誘拐の後…あれのおかげで友人である杏寿郎さんとどこかで…、警察の取り調べの行き帰りとか、どこかでちらりとでも出会う可能性があったんじゃないかなって…思うんです。私の一目惚れは本当に "一目" だったのでその時惹かれたんじゃないかなって……。」
そんな本当に不謹慎な事を言いながら桜は僅かに頬を染めていた。
それを見ると杏寿郎は可笑しそうに笑う。
杏「そんな事よりもまず俺達は同僚になっていただろう。」
「あっ」
もっと確かな繋がりがあった事を思い出した桜は俯くと耳まで赤く染めてしまった。
杏寿郎はそれを愛おしそうに見つめる。
杏(まだだ。まだ、一緒に居られる。)
杏「桜。」
「わっ」
杏寿郎は桜の両頬を大きな熱い手のひらで包むといつも2人がするように額を合わせた。
杏「これからだぞ。」
「……はい。」
杏「まだまだ行きたい所、君に見せたい物、一緒に経験したいことが山程ある。」
「はい。」
杏「だから…、」
杏寿郎の親指が桜の頬をすりっと撫でる。
杏「だから、これからもどうか宜しく頼む。」
その言葉に桜は先程までの恥を溶かし、嬉しさと満ち足りた気持ちから涙を滲ませた。
「……勿論です。私の方こそよろしくお願いします。」
そうして近所でも出掛ける先でもおしどり夫婦と言われ、子供にも親族にも羨ましがられるような2人は幸せで特別な誕生日を静かに過ごし、そして改めて互いにこれから支え合い寄り添い生きる事を誓い合ったのであった。