第96章 夢が叶う時
杏「…………やっとやり直せた。やっと……、やっと独りだった時間を越えられた。桜…俺の側にいてくれてありがとう。」
おかしいくらい魅力を失わない杏寿郎が彼らしくない弱った表情でそう言うと、これまた時が止まったように若々しい桜が涙を滲ませながら杏寿郎の頬を両手で包む。
「……もう今回はどこへも行かないですよ。ずっと側にいます。これからもずっと、もっともっとです。」
杏「ああ、そうだな。次はどこへ行こうか。そういえばまだ登山はしたことがなかったな。」
「もっともっと一緒にいたいと願ってくれるのならそれはよしてください。」
きょとんとする杏寿郎に微笑みかけながら桜は涙を拭い、他の明るい話題を探す。
「……あ、そういえば彩火がとうとう天満くんに許しを出したそうですよ。」
杏「聞いていないぞ。挨拶にも来ていない。」
桜は話題の選択を誤ったことを悔いながらも慌てて『付き合ったくらいで挨拶にくることは稀ですよ』と天満を擁護する。
しかし杏寿郎は可愛い娘を案じるあまり渋い顔をやめない。
「杏寿郎さん。今日はおめでたい日ですし1度この話題からは離れましょうか。私の選択ミスでしたね。すみません。」
杏「……そうだな。どうも娘となると君の分身のように見えてしまう。」
その言葉を聞くともう話題を変えようとしていたにも関わらず桜がふと湧いた疑問をぶつけた。
「……ですが慶寿郎と悠寿郎が不死川先生の娘さんを取り合っていると知った時もとても大きな反応をしていらっしゃいましたよね。」
何も分かっていない不思議そうな声色に杏寿郎は溜息をつく。