第95章 続々と
杏(愛らしい。……などとは口が裂けても言えないが。だが…これは……、)
涙を拭うと桜は甘えるようにその手にすりっと頬擦りをして信頼しきった潤んだ瞳を向ける。
杏「ああ、……愛らしいなあ。」
抑えていたにも関わらず思っていた事がするりと口から漏れた直後、その場の空気が凍った。
嬉しそうな声色に桜の涙は止まり、同時にスッと瞳の色が冷たいものに変わる。
対して杏寿郎は喉をこくりと鳴らした。
「…………杏寿郎さん。もしかして、そういったご趣味はずっと変わっていらっしゃらないのですか。」
桜は少し鼻声だったがそれでも温度を感じさせない冷たい声色を出した。
しかし桜の珍しい雰囲気に少し気圧されるも 伊達に合計100年も生きてない杏寿郎はすぐに立て直す。
そして桜の流されやすさ、もといチョロさはここからでも挽回できる程酷いものだと杏寿郎はよく知っていた。
杏「む、気を悪くさせてしまったのか。すまない。ただ君が心を開いてくれている姿が愛おしく感じた。心が楽になってくれているともっと嬉しいのだがどうだろうか。もっとして欲しい事があれば遠慮せずに言うのだぞ。」
「え……、あ…………その…、」
ただ『愛おしかった』と言われ、更に心配をされて甘やかされると桜は訳も分からないまま心が満たされていく。
そして長い沈黙の後、結局自身の勘違いだったのだと結論付けた桜は『頭も撫でてほしいです。』と小さな声で伝えたのだった。