第16章 目覚めた女と諦めない男
桜は杏寿郎を避けるように視線を落とした。
杏寿郎はその様子を見て、また桜の片頬に触れる。
杏「だが愛してしまった。既に愛してしまった人を諦める努力はした事がない。こういった場合はどうしたら良いのだろうな、桜。」
優しい声でそう言うと、また親指で頬をすりっと撫でる。
期待させるような杏寿郎の言葉を聞き、桜は余計に苦しくなった。
(普段の杏寿郎さんを見ていたから分かる。杏寿郎さんは鬼狩り以外に目を向けない。今はまだ、冷静になりきれてないんだ…。)
そう思うとパッと視線を杏寿郎に戻す。
「…大丈夫です!長い間くっついていたからまだ杏寿郎さんが普段の思考に戻っていないだけです。」
「悩まなくても朝になればちゃんと鬼狩りの協力関係に戻れると思いますよ。」
(ここで空気に飲まれて杏寿郎さんを受け入れたら、心乱された後に結局振られる未来が見える。)
桜の言葉を聞いて杏寿郎は目を大きくすると固まった。
一方、桜は流される前に早く部屋に帰ろうと決心した。
そーっと立つと、杏寿郎をこわごわ見ながらお辞儀をする。
「で、では……、部屋に戻りますね。ゆっくりお休みになって下さい……。」
桜はそう言って部屋をあとにしようとしたが、先ほどから怖い程静かにしている杏寿郎に思わず身震いをした。