第16章 目覚めた女と諦めない男
杏「手掛かりは十分あったぞ。」
そう言ってまた優しく落ち着かせるように桜の頭を撫で始める。
杏「君の妙な質問の意図通り、これは夢じゃない。そして桜は一度も元の姿が猫だとは言っていなかった。」
杏「そして…、今ここにユキの姿の桜がいない。代わりに同じ場所に君がいれば自然とそう分かる。」
杏「他にもあるぞ。君は前から猫の体に慣れていなかった。それに二十年生きている割に言動が若い。」
杏「人用の…それも珍しい厠の使い方を知っていて、それを誉めれば人の女性のような反応をした。そして父上の好きなつまみを知っている。」
「…………。」
杏寿郎から出てくる彼の心当たりを聞いて、自分の甘さに桜は言葉を失った。
(こ、こんなにヒント転がせてたなんて……って考えてる場合じゃない…!)
そう思うと急いで体を起こして畳に下りる。
そして正座をし、頭を下げた。
「すみませんでした!今まで人だって事を明かさず、杏寿郎さんに猫として接して欲しいなんて頼んで……!」
「……お世話になっているのに…本当にすみません…!」
それを見て杏寿郎も上半身を起こす。
返ってきたのは嬉しそうな声だった。
杏「ああ、やはり君は人だったのか!妖ではないとしか言わなかったので少々気になっていた。神の友なら悪いものではないだろうと思ってはいたが。」
「………はい。…あ…あとユキが起きてしまうので大きな声だけは出さないように注意してください……。」
力強く頷く杏寿郎を見ながらそう言うと桜は情けない顔をして眉尻を下げる。
別にもう人だと分かられても良かったが、それでも自分のうっかり具合いに嫌気が差したのだ。
その様子を見て杏寿郎は膝立ちすると桜の近くに寄った。
杏「正直なところ、最初は夢の中の女性だと思ったので気兼ねせず愛する事ができた。俺はいつ死ぬか分からないので現実では恋人を作るつもりがなかったんだ。」
(杏寿郎さん、鍛錬に明け暮れてるし…そうだろうなって思ってたけど…。告白してないのに振られるってこういう事をいうのかな…。)