第16章 目覚めた女と諦めない男
真顔で短く言うと、親指ですりっと頬を撫でる。
「…っ!!……いえ、あの…杏寿郎さん、今、正気じゃないんです!私がくっつくとふわふわした気持ちになるんです!妖術みたいな感じで…!」
杏寿郎は桜の言葉を聞くと、肩を掴み迷わず体を完全に離した。
「…な、なに、して……っ!!」
桜は絶句した。
そして意識がはっきりした杏寿郎にどう思われるのか怖くて、咄嗟に顔を腕で庇うように隠した。
しばらく沈黙が続くと杏寿郎が動く音がして桜は大きく体を震わせる。
するとすぐに大きくて熱い手に腕を掴まれ、驚いた桜は激しく首を横に振って拒絶の意思を表した。
杏「…君の名を聞いてもいいだろうか。」
聞こえたのは酷く優しい声だった。
熱い手は腕を放すとそっと桜の頭を何度も撫でた。
「……すみません、言えません。」
桜はなんとか少し震えた声で答える。
すると杏寿郎は頭を撫でていた手を止め、腕の隙間から見えた桜の頬を指の背ですりっと撫でてこう言った。
杏「桜。顔を見せてくれ。」
桜はビクッと体を震わせると、驚いたように腕の隙間から杏寿郎を覗いた。
杏寿郎は穏やかな笑顔を浮かべ、眉尻を困ったように下げていた。
杏「強引に引き離してすまない。そこまで怖がらせるとは思わなかった。」
「な、んで……名前………。」
呆気に取られた声色を聞いて杏寿郎は面白そうに笑う。