第95章 続々と
「名前を考えていたんです。」
そう聞くと杏寿郎はネクタイを外して袖を捲くる。
杏「『斃れて後已む、精神一到何事か成らざらん』。」
「………え?」
杏寿郎は芯の強い声でそう言うと にこっと笑って桜の頭を優しく撫でた。
杏「中国の古典に出てくる文に感銘を受け、昔の俺が座右の銘としていた言葉だ。噛み砕くと『死した後に漸くそれまで続けていた事が終わる』、つまり『生きている限りは努力をし続ける』。そして『精神を集中して努力すれば何事も成し遂げられない事は無い』、だな。」
「責務を全うした杏寿郎さんらしい言葉ですね。」
杏「そう評価されるとは光栄だな。だが今は違う。」
「座右の銘が変わったのですか?」
首を傾げる桜に杏寿郎は頷く。
杏「あちらで君を想いながら過ごすうちに変わった。 『積厚流光』、それから『尊尚親愛』。『積み重ねが厚ければそれだけ報われる』。『尊敬し、親しみ、そして愛すること』。此等から選べないだろうか。」
「………………そうですね……。」
桜は杏寿郎がその言葉を抱きながら独りで過ごした時間に思いを馳せ、涙を滲ませた。
「……厚(こう)がいいです。」
すぐに決めた桜を意外に思い、杏寿郎は少し目を大きくする。
桜は紙に "厚寿郎" と書いてその字を撫でた。