第16章 目覚めた女と諦めない男
そう言われて桜はハッとすると顔を赤くして密着した体を少し離そうとした。
だが、杏寿郎は離すつもりがないのか、無自覚なのか、腕の力を緩めない。
「…っ!あの!力が強くて…全然腕が動かないのですが…!」
杏「腕に力は入れてない!それに君は離れたいのか!!」
「え?…でも…力ちゃんと入ってる…ような……。」
桜が腕を押しながら困惑していると、杏寿郎は眉尻を下げる。
杏「…君は離れたいのか?」
その静かな声に弱い桜は体を小さく揺らした。
「………いえ、そういう話ではなくて…恋人のように触れるとか そういうのは、ちゃんと恋仲になってからするべきかと…。」
杏「君になって頂きたい。」
杏寿郎は耳を疑うような事をはっきりと言い放つ。
「………えっ…?」
桜はさすがに眉尻を更に下げて困った顔をする。
「そ、それは…さすがに急では……それに…私は……、」
(…私は……杏寿郎さんの夢の中の人じゃない……杏寿郎さんは夢だと思ってとんでもない事を言ってるけど……。)
杏寿郎は整った顔を桜に近付け、額と額をこつんと合わせた。
「……っ!ち、近いです…!」
しかし杏寿郎は聞く耳持たず口を開く。
杏「想いは十分募ったぞ。俺は色恋に疎いが、時間よりも気持ちが大事なのではないのか。」
杏「嫌いでないのなら俺を受け入れてくれ。」
杏寿郎は夢の中だからなのか、元々の性格故なのか、なかなか強引な要求をした。
桜はそれを聞いて困り果て、泣きそうな顔をした。
「そんな事…言われても……。」
(夢だと勘違いしている杏寿郎さんを受け入れる訳にはいかない…。恋人への願望とか、そういうのを私に知られたら杏寿郎さんが可哀想すぎる……。)
「杏寿郎さん、ちょっと落ち着いてください。まず、ここは……夢の中なんですね?」