第16章 目覚めた女と諦めない男
その言葉に桜は遠い目をした。
「……杏寿郎さんは押しが強すぎる…。」
杏「続けざまにすまないが、先程のように手を回してもらえないだろうか!」
「先程…っ!?…え、私……、」
杏「ああ!先程のように手を回して俺の背中をぎゅっと愛らしく掴んでくれ!頼む!!」
桜はその声があまりに楽しそうなので困ってしまった。
この実直そうな男は決しておかしな真似をしない事は分かる。
だが―――、
桜はここが布団の中である事を再確認すると、 "何となく" いけない事をしているような気分になり途方に暮れた顔をした。
杏「……頼む。今まで散々我慢したのだ、褒美をくれないか。」
杏寿郎は腕の力を少し強め、酷く低い声を出した。
それを聞くと桜はビクッと小さく体を揺らす。
そして少し悩んだものの 結局おそるおそる大きな背中へと手を回した。
杏「……ああ…やはり互いにすると全く違うな…。」
「…互い?」
桜は杏寿郎の胸元に埋めていた顔を上げる。
杏寿郎はそれを優しい笑顔で見下ろしながら、
杏「君が寝ている時に一方的にした抱擁と、全く違う。」
と言った。
その途端、桜はびっくりしたように目を丸くしたが、すぐに眉を寄せて首を傾げる。
「寝てる間に…一方的に……?」
それを聞き、杏寿郎は眉をキリッとさせた笑顔のまま見下ろし、
杏「すまない!!」
と、気持ち良いほど清々しい謝罪をした。