第16章 目覚めた女と諦めない男
『………ん…。』
杏寿郎はその声で我に返り、パッと顔を離した。
杏「…っ!…すまない!!」
大きい目を更に大きくして、自分を止められなかった事に驚いた。
そんな杏寿郎が黙って様子を見ていると女はうっすらと目を開いた。
『杏寿郎さん…?』
聞こえてきた女の声は鈴の音のようだった。
そんな声で名前を呼ばれてビクッと体を震わせる杏寿郎。
気が付くと幸せな心地は残っているが、夢心地ではなくなっている。
現実の感覚に少し近付いてしまい、杏寿郎はまるで夢ではないかのような焦りを感じた。
そしていつもの眉がキリリと上がった笑みが浮かべていたが、止まらない冷や汗のせいでその感情を隠せていない。
杏「ああ。俺の名は杏寿郎だが。」
『……?』
杏寿郎の返事に女は不可解な顔をしてゆっくりと首を傾げる。
その緩い空気を感じて杏寿郎は少し落ち着きを取り戻し、改めて女の顔を見た。
杏(愛らしい。眠そうな瞼はまだ上がりきっていないが、それもまた愛いな。)
そんな事を思いながら杏寿郎は自然と手を伸ばして頬を撫でようとしたが途中で止まる。
杏(今まで勝手に触れていたが…嫌がられるだろうか。)
そう迷っていると、女はすぐ近くで止まった杏寿郎の手に 自ら ぽすっと頬を当てた。
杏「…………。」
思わず杏寿郎は一瞬固まったが、すぐに優しく頬を撫でると更に手を伸ばして頭を撫で始めた。
そうすると女はなんとも嬉しそうな、そして幸せそうな顔をする。