第16章 目覚めた女と諦めない男
杏寿郎が肩に置いた手に力を入れると呆気なく女の腕は解ける。
そして自身と布団の間に潜り込んでいた方の腕も元に戻してやると、後悔のような感情が杏寿郎を襲った。
杏寿郎はその気持ちから目を背けながら優しく、優しく、女を抱き寄せる。
杏「頼む。もう困る事はしないでくれ。」
相変わらず心地良いのに、矛盾する胸の苦しさを感じた。
杏(もし、この女性が俺の恋人だったのなら……、)
何気なくそう思いながら少し上体を離して女の顔を覗く。
その時、先程の後悔は 女の顔を見なかったから目を背けられたのだと気が付いた。
杏(……そうだったのなら、今みたいに我慢する事無く もっと触れる事が出来たのだろう。)
急に目の前にいる筈の女の存在がとても遠くに感じてもどかしくなり、杏寿郎の胸の中には焦りのような感情も湧いてくる。
杏(先程、俺が自ら離していなければ 彼女はまだ俺に腕を回してくれていただろうか。まるで、恋仲の女性のように…。)
女の顔を見つめ続けていると杏寿郎はまた苦しくなり、ぐっと目を瞑る。
しばらくしてから また薄く目を開くも、感情が変わらなかった為 杏寿郎は眉尻を下げて困ったように女を見つめた。
そして、あんなに手を出すまいと頑張っていたのにも関わらず、今までとは違う熱い恋慕の情を持ったまま ゆっくりと腕を伸ばして額にかかる髪をかき上げる。
杏寿郎はしばらくの間、眉を寄せ 変わらず無防備な女の寝顔を見ていたが、顔を近付けると女の存在をここに繋ぎ止めるように額に優しく口付けをしようとした。