第90章 行動が早い男
「確かに1回だけって言いましたよ。1番最初に言いました。」
杏「そうか…君は嘘をつけないので本当なのだろう。すまない。離れ難くなってしまった。」
そう言って杏寿郎が落ち込んだように眉尻を下げると桜はグッと眉を寄せる。
(ずるい…。)
「……ゆ、許します…!なのでもうそんな顔しないでください!おかわりお持ちします!」
桜はそう一気に言うと杏寿郎の空になった茶碗を持ってキッチンへ消えた。
その姿を追っていた大きな目が細められる。
杏(俺が御代わりをねだる度に首を横に振らなかった事は無意識なのだな。)
意志と反する行動を取ってしまう程に貪欲な桜の体を知ると 杏寿郎の口角は自然と上がったのだった。
―――
杏「うむ!!」
杏寿郎は助手席に座った桜のシートベルトをしめると満足そうに頷いてから運転席へ回る。
「お父さん許してくれるかなあ…。あまりにも時間が掛かりそうだったら証人欄の記入は母に頼みましょう。」
杏「むぅ。」
その桜の意見に少し不服そうな声を出しながらエンジンをかけ、車を出した。
そもそも杏寿郎達が勇之と『段階を踏んで1年は様子を見る』と約束してからまだ8ヶ月しか経っていない。
杏寿郎はそれ故に難しいであろう事は分かっていたが、どうしても勇之から許しをもらいたかったのだ。