第16章 目覚めた女と諦めない男
杏寿郎はまた覚えのある温もりを感じてうっすらと目を開ける。
杏「また…眠っているのか……。」
杏寿郎は目の前の女の頬を優しく撫でる。
相変わらず返事のない女に、杏寿郎は諦めたように眉尻を下げて笑うと優しく抱き寄せた。
そのまましばらく心地良さを噛みしめる。
杏寿郎は柄にもなく心臓の音が大きくなっている事に気がついた。
杏「…聞こえるだろうか。君のせいだぞ。」
ぽつりと呟くも、返ってくるのは静かな寝息のみ。
杏(参った。最初は満たされていたのに、物足りなくなってきている。夢の中なら望み通り言葉を返してくれても良いものだが。)
頬を撫でると蕩けた顔になる女に再び眉尻を下げる。
杏「またこんな顔をして…無防備だと言っただろう。」
しばらく微笑みながら頬を撫でていたが、その蕩けた顔に何かがこみ上げてきそうになる。
杏寿郎は欲を自覚しハッとすると女の後頭部に手を当て、顔が見えなくなるように自身の胸に押し付けた。
『むぐっ』
杏(…大丈夫だ。抑えられる。)
杏寿郎はすぐに冷静な顔を取り戻すと目を細めた。
そうして頑張っていた時、女がもぞもぞと動き始めた為 杏寿郎は固まった。
女は目を覚してはいなかったが、息苦しさを覚え 無意識に目の前の何かを引き剥がそうとしたのだ。
手を伸ばすと杏寿郎の背中の浴衣を掴んで引っ張ろうと試みる。
だが、細い腕と鍛え抜かれた男の体。
当然全く動く気配はなく、女は呆気なく諦めた。
一方、杏寿郎は女が腕を回して抱きしめ返したのだと勘違いをした。
背中に感じる女の小さな手が酷く愛らしくて頭が痺れる。
杏寿郎は余裕がない時にそんな事をされて少し動揺するも、欲を抑えられる距離を取ろうと女の肩を掴んだ。