第90章 行動が早い男
帰りの地下鉄は混んでいて、杏寿郎は眉を顰めながら桜を車両の端へ導くと片腕を壁について人混みから守るように立つ。
「ありがとうございます…。」
杏「君は小さいからな。ここまで人が密集すると色々な意味で危険だ。」
"密集" と言っても今 桜にくっついているのは杏寿郎だけである。
桜を守りつつ人の迷惑にならないように立つとなると、どうしてもくっついて立つ必要があり その距離は密着と言って良い程だ。
少しピリつく緊張感を持った杏寿郎の顔はいつもよりも更に凛々しく、初めてのシチュエーションの中で見上げれば桜の頬は容易く染まっていく。
杏「………桜?体を壊したのか?」
頬の赤い桜を見て杏寿郎はすぐに手を額へ遣った。
桜は落ち着かせるようにそれを掴む。
「違います、元気です…!」
そう言っている間にも杏寿郎を見上げる桜の顔はみるみる赤くなっていった。
それを見て杏寿郎は ぎょっとする。
杏「次の駅で降りてタクシーで帰るぞ。恐らく人に酔ったのだろう。だがどうして顔に出てしまうまで我慢していたんだ。遠慮せずに言って良いんだぞ。」
「本当に違います…!杏寿郎さん…、」
桜は杏寿郎の腕を引いて手で小さなメガホンを作ると屈んでくれた杏寿郎の耳に当てる。
「……………………………………。」
しかし、車内の人々は桜の言葉を聞こうとしているかのように静かになってしまい 耳打ちと言えど『見惚れていた。』などとは言えなかった。