第88章 関係の名称
杏「待たせてしまってすまないな。……もう少し待っていてくれ。」
「はい。」
はにかむその声は、歳上の杏寿郎と出会ったばかりに出していたそれととてもよく似ていた。
そうしてすれ違いが解消されると12月に入った。
休み前の定期試験と年末が迫り、職員、生徒共にどことなく落ち着かない空気が漂う。
桜の担当クラスの授業は終わり、基本は自習で質問に答えたり、分からない生徒が多かった問題を解説したりして過ごしていた。
そんなテスト準備期間はすぐに過ぎ、月の半ばに定期試験がやってくる。
そして採点に追われ、テスト返却をするとあっと言う間にクリスマス直前となっていた。
桜は見た目に反して妙なところで女性特有のこだわりを見せない時がある。
今回はクリスマスについてだった。
「今年の "クリスマス休日" は冷え込むらしいですよ。お家でぬくぬくするに限りますね。」
杏「………………………………………。」
誕生日の代わりに勇之から勝ち取った桜とのクリスマスイブとクリスマスは特別休講であった為、杏寿郎は当然デートをする気でいた。
だが肝心の桜はクリスマスをただの休日として受け止めており、更に『家で過ごした方が良い』とまで言ったのだ。
杏(お父様に妙な余裕があったのはこの価値観のせいか。)
杏「桜…、無理にとは言わないが俺はクリスマスイブからクリスマスにかけて君と行きたいところがある。一緒に行ってくれないだろうか。」
そう言われると杏寿郎の足の間に座っていた桜はハッとしてからこくこくと頷いた。
「杏寿郎さんとなら寒くても行きたいです!」
前を向いている桜の表情は分からなかったが、嘘偽りのない声色に杏寿郎はほっとして息をついた。