第88章 関係の名称
杏「何故頼らない。俺は君の……恋人だろう。」
"婚約者" でも "夫婦" でもなく、 "恋人" というまだ繋がりの薄い関係性を痛感しながらも杏寿郎はそう訴えた。
「………そうですね。」
桜は杏寿郎が痛感した通り、まだ "ただの恋人" だからこそ職場に影響を与えてはならないと思っていた。
声色から杏寿郎はその気持ちを読み取ってしまった。
杏(もうタイミングを待たずにプロポーズしてしまおうか。いや、このシチュエーションでするのは流石に桜も望まないだろう。今はそれよりも…、)
杏「……とにかく体を休めてくれ。」
場所やシチュエーションにこだわりが無かった桜は今プロポーズされる事を僅かに期待してしまっていた。
それ故に、続いた言葉を聞くと落胆と共に小さな声で『はい。』と答えた。
杏(事件の後から甘えない事が増えたな。気負いでもしているのだろうか。判決後、桜は晴れやかな顔をしているように見えた。あれはわざとだったのか。何にせよ強がりになっている。)
その日以降も桜の強がりは何度か表に出てしまい、そして『恋人だろう。』と言う度に杏寿郎はその言葉の力の弱さを感じ、桜もいつになったら恋人から別の関係になれるのだろうと不安になってしまったのだった。