第16章 目覚めた女と諦めない男
「…あ……!」
杏「夕餉の残りだろうか。」
「いえ…、槇寿郎さんへのおつまみです。味見用にたくさん作ったのかな…。」
杏「…千寿郎が……。」
杏寿郎の知る限りでは、千寿郎は父親のことを怖がり、あまり接しないようにしていた。
杏「……父上には、食べて頂けたのか?」
「はいっ!千寿郎くんの食べ物は美味しいって!」
それを聞いて杏寿郎は大きな目を桜に向ける。
そして何かを言おうとして薄く口を開くと、そのままぴたりと止まり黙ってしまった。
その様子をちらっと見て、桜はおずおずと声を出す。
「…あの………お酒も、とても喜んでいました。杏寿郎さんが用意したと初めから見抜いて…槇寿郎さん、笑ってました。 "今までで一番美味しいお酒とおつまみ" って……。」
杏「…そうか……。」
そう言うと、二つの皿が乗ったお盆に視線を落とし、柔らかい笑顔を浮かべた。
再び座ると、おつまみに箸をつける。
杏「…うまい!」
その声を聞いて桜は嬉しそうに目を細めた。
杏寿郎は笑顔のまま相変わらずいい食べっぷりを発揮し、たくさん用意してあった握り飯もほとんど無くなってしまった。
それを静かに見ていた桜は深く考えずに言葉を紡いだ。
「…杏寿郎さん、今度私とお酒飲みましょう。私達同い年らしいですよ。」
そう言って桜は答えを待つように少し首を傾げる。
だが、杏寿郎はもっと首を傾げた。