第88章 関係の名称
桜は少しくすぐったくて身を捩ろうとしたが、杏寿郎の腕にすっぽりと収まってしまっている体は少しも動かなかった。
顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐ杏寿郎の後頭部だけ見えていた桜は、その姿が金色の毛を携えた犬のように見えてしまい僅かな抵抗を止めて少し微笑んだ。
そして犬にするような感覚で撫でた。
杏「…………今、俺を犬のようだと思ったろう。」
「え…っ!?」
桜の触れ方で気付いたのか杏寿郎の声は少し低い。
桜は撫でていた手をパッと離すと顔を見られまいと杏寿郎に抱きついた。
しかし杏寿郎の腕力に敵う筈無く、情けないほど呆気無く剥がされてしまった。
少し機嫌を欠いた杏寿郎の瞳には『図星です』と伝えてしまっている桜の気まずそうな表情が映っていた。
杏「……これは恋人もすると教えたろう。俺は犬ではない。」
「ば、バカにしているわけではないんです。人間だって事も分かっていますよ。」
杏「流石にそれはそうだろう。ただ女性として意識している君に愛情表現をした結果あの様な触れ方をされると何とも情けないような妙な気持ちになる。」
「……わ、私も…男性として見てますよ…。」
無自覚な桜はどうしたら良いのか分からず、取り敢えず自身の気持ちだけはしっかりと伝え、先程の触り方について思い出そうと眉を寄せる。
杏寿郎は何度も何度も真剣に確かめるように撫でられると次第に毒気を抜かれていった。