第88章 関係の名称
「いえ、あの……すごく嬉しい言葉なのですが、手に入れたのが穏やかな生活だったとしても杏寿郎さんは電車で私を隠してしまいましたよね。私としては代わり映えしない生活に感じてしまいます…。」
杏「…………………………。」
今回に関しては杏寿郎は独占欲を持ってそう行動した。
だが、桜を隠したい理由は他にもある。
―――『第2の細田を生んでしまうかも知れない』
そんな考えが浮かんだが、杏寿郎はすぐ口に出せなかった。
昔の杏寿郎だったら必要性を感じてスパッと言ってしまったかもしれないが、8年生きればそれなりに思考も行動も変わってくる。
杏(余裕が無いと思われるのも桜を怖がらせるのも避けたい。独占欲を隠し第2の細田についても伏せるとなれば…、)
杏「……そうだな。」
杏寿郎の静かな声で放たれた言葉に桜の顔がパッと明るくなった。
「約束ですよ?前も杏寿郎さんの隣なら自由におしゃれして歩いていいって仰ったのに隠したんですからね。今度こそ約束です!」
杏「………ああ。」
杏寿郎はこれから外で殺気を放つのに忙しくなりそうだと思いつつも嬉しそうな桜を見るとどうでも良くなり、ただ頬を撫でて愛でた。
杏「そうだな、俺が隣に居れば大丈夫だ。」
杏(自慢の… "恋人" を見せつけるくらいの気持ちでいた方が楽なのかもしれないな。だが油断はせず十分に気を付けなければ。)
そう思うと沙織を再び抱き寄せてその小さな体を閉じ込めた。
そして小さくふわふわとした抱き心地の桜の髪をゆっくりと梳きながら首元に顔を埋めて匂いを嗅いだ。