第87章 穏やかな生活
杏寿郎はその頬を愛でるように撫でたり目を細めて見つめたりするだけで何も言わない。
桜は気恥ずかしくて視線を逸していたが、ついに顔を背けてしまった。
杏「君の無事を確かめていただけだぞ。許してくれないか。」
「……………………。」
そう真剣な声色を出されると桜は少し固まった後に視線を外しながらも顔の位置を元に戻した。
杏寿郎は初め存在を確かめるように頬を両手で包んだりしていたが、暫くすると全身をぺたぺたと触りだした。
桜は気にしすぎだと思いつつもこそばゆくて眉尻を下げた。
(お夕飯について考えよう。まだ早いから一緒にお買い物に行って…、)
そう桜が意識を切り替えた事に気が付いた杏寿郎は眉を寄せながら桜の背中をなぞる。
すると桜はぞくぞくと身を震わせた。
(……杏寿郎さんの邪魔をしちゃいけない。我慢しなきゃ。)
そう思いながらも知らぬ間にスイッチにされた背中を何度もなぞられると桜は恥ではない種類の赤に頬を染める。
「……杏寿郎さん、邪魔してごめんなさい。我慢ができなくてごめんなさい。…愛してほしいです。」
桜がそう言ってねだるように杏寿郎の首に頬擦りをすると、杏寿郎は桜の見えないところで満足そうに微笑んだ。
杏「そうか。謝らなくて良い。遠慮せずにねだって良いのだぞ。君の実家など特殊な場所でない限り、これからは我慢せずに『したい』と言いなさい。」
「…はい。」
狡い杏寿郎はそうして桜にばかりねだらせて思い通りに操ってしまったのだった。