第87章 穏やかな生活
「お邪魔します。」
桜がそう言って家へ入るとその他人行儀な言葉に槇寿郎が眉を寄せる。
槇「ここはお前にとっても我が家のようなものだろう。」
杏「桜は俺の事を言えないな。」
「う……、」
(『今は婚約者じゃないって自覚し直したの』、なんて言えない…。)
桜が俯くと杏寿郎はその様子をじっと見た後、何も言わずにただ頭を撫でて中へ入るように促した。
槇「犯人は逮捕されたのではなく焼き死んだと思われていたけれど実は生きていて、挙句 杏寿郎ごと誘拐された…と。」
「す、すみません!大事な息子さんを…!!」
杏「恐らく父上は『お前がいながら誘拐されるとは』と呆れていらっしゃるだけだと思うぞ。」
(槇寿郎さんといる時 誘拐された事あるなんて言ったら場の空気が凍るだろうな…。)
桜がそんな事を思いながら槇寿郎を見守っていると、桜の表情の移り変わりからそれを読み取った槇寿郎の顔色が変わる。
そして『…まあ、よく起きたな。』と小さく言って茶を啜った。
瑠「まさか貴方も同じ事をなされたのですか。」
目ざとい瑠火がそう言って槇寿郎に詰め寄ると槇寿郎は分かり易く動揺し、大正時代での失態が見事掘り返されてしまった。