第87章 穏やかな生活
杏「どうにも信じ難かったようでな。俺も報告書が通らない度に呼び出されては敵わんと思って惜しみなく披露してきたんだ。」
「……そっか…なるほど。」
桜は納得するとけろっと拗ねていた事を忘れた。
それを見て杏寿郎は残念そうに眉尻を下げる。
杏「もう少しの間尖らせていて欲しかった。」
そう言いながら杏寿郎が人差し指の第2関節の背で桜の唇を撫でると、無自覚だった桜は自身の幼い行動を恥じて顔を赤くさせながら口を手で覆った。
それを見た杏寿郎は満足そうに笑って車を出したのだった。
―――
杏寿郎は一ノ瀬家に帰って車の鍵を勇之に返すとまた近いうちに来ると約束し、今度は電車を使って桜と2人で煉獄家へと向かった。
「事件のこと、1番最初に話したの千寿郎くんなんです。それも会って間もない記憶が安定していない時に…。私泣いちゃって…、恥ずかしいところ見せてしまいました。」
杏「そうだったのか。千寿郎はどうしていた。」
「困っていたと思います。心配してくれている気持ちはとっても伝わってきましたが、どう対応すればいいのか分からなかったんじゃないでしょうか…。」
杏「そうか。」
「……でも…杏寿郎さんの前で泣いた時の方が印象深いです。あの時 杏寿郎さんが立たせてくれなかったら私はまだみのるの笑顔をきちんと思い出せていなかったんだろうなあ…。」
揺れる電車の中、人目を引く杏寿郎は座る桜を隠すように目の前に立っていた。