第86章 7年前のやり直し
それは監禁時代よりもっと後、最近の事だ。
(……あの時だ…。披露宴の2次会で私を『紹介して欲しい』と言う声の中に1つだけおかしな言葉があった。食べ物を勧める言葉。私が事件について思い出すようになったきっかけはあの時の言葉だったんだ…。)
そう思うと桜は背中が粟立つ感覚を覚えた。
細田はそんな桜を心配そうに見つめるとコンビニで買ってきたと思われる大量の惣菜やパンを持ってきて桜の目の前に並べていった。
細「君は相変わらず細いね。心配になるよ。ほら、お腹空いてるでしょう?たくさん食べてね。」
とても食べ切れない数を並べると拘束していない桜にそれを勧める。
桜は杏寿郎がその場にいた為 拘束されていなくても逃げる事が出来なかった。
一方、首を振って食事を拒否する桜を心配そうに見つめる細田はこの環境に持って来さえすれば自身との楽しかった生活を思い出して桜が逃げる筈がないと思っていた。
細「本当はもっと早めに迎えに行きたかったんだけど遅くなっちゃったね。桜ちゃん丁度いい時間に1人になってくれないし 厳重なセキュリティの家に住んじゃうし、気が付いたらもっと厳重な家に移ってるし気が狂いそうだったよ。もう昔のように付きっきりでは居られないんだから急に引っ越したりしないで欲しいな。」
その言葉から思ったより自身の事を把握されていたと知り、桜は青くなった。
しかしその時、杏寿郎の明るい声が頭に響いて桜はハッとした。
―――『君はもう他の男の名を堂々と呼べるぞ。億が一捕まった際には真っ先に俺の名を呼べ。』
「杏寿郎さん…杏寿郎さん……っ、杏寿郎さん!!」
―――ガンッ
桜の呼び声を遮るように細田は杏寿郎の眠る机にナイフを突き立てた。
そのナイフも黒子のある特徴的な手も7年前と同じもので桜の締まった喉はヒュッと音を立てる。
(太田さんの顔や雰囲気を見て動揺したんじゃない。あの画像にはこの手が写り込んでたんだ…。)
桜が黙ったのを確認すると細田は優しい笑みを浮かべて桜の前に座り込んだ。