第85章 不穏
「わたし帽子を被ったままお店に入ってしまって、戸惑わせてしまったので話している最中に取ったんです。それもあって恥ずかしくて案内されても俯いてて…、」
杏「会話はしたか。」
「少し…。その店員さん、私が待ち合わせって伝えた後 席を間違えたんです。それで本当の席へ行くまでの間に…。」
桜は『何を話したかまでは忘れてしまいました。』と申し訳なさそうに言うとココアに視線を落とす。
杏寿郎は黙ったまま『気にするな』と言うように桜の頭を撫でた。
杏「俺が出席した結婚式に来た時も女性陣としか関わっていなかったな。」
「はい。」
杏(あの時乗ったタクシーの運転手の目付きは下衆なものであったが年齢を考えると違うだろう。あとは…、)
それからも杏寿郎と桜は話し合ってみたが記憶の蓋は開かず、心当たりも見付ける事が出来なかった。
「とにかくとんでもない人がまた迎えに来るかもしれないという事は分かりました。」
杏「迎えじゃない。攫いに来るんだ。」
杏寿郎は言葉選びに少し過敏になりながら低い声を出し、空になったマグカップを持った桜を横抱きにしてシンクに向かう。
「……はい。気を付けます。」
桜はシンクにマグカップを置くと杏寿郎の首に両腕を回した。
杏「正々堂々、真正面から来てくれたのなら負ける気はしないのだがな。どうも姑息な男のようだ。」
「そういえば杏寿郎さん鍛錬をしてるって宇髄さんに言っていましたね…。」
杏「うむ。昼休みに生徒と遊ぶ事は叶わなくなるかも知れないがそうも言っていられないだろう。」
杏寿郎が微笑みながらそう言うと桜はどんな顔をして良いのか分からず礼を言いながらも視線を逸してしまった。