第78章 江ノ島観光
杏「ここは関東大震災の時に隆起した岩達なのだそうだ。なだらかで比較的歩きやすいが一枚岩ではないので気を付けなければ岩と岩の隙間で躓いてしまう。気を付けるんだぞ。」
そう言うと杏寿郎はやっと桜を地面へ下ろした。
「はい……気を付けます…………。」
桜は景色に心を奪われながらそう呟くように答える。
(どこまでも広い……嘘みたい……。)
自身が人を暴力的に変えてしまうと知ってから旅行へ消極的になり、結局高校では修学旅行さえ行けなかった。
加えて2年前まではまともに外を歩くことさえ叶わなかった。
それを隣の男は全てひっくり返してくれる。
(海……見たの、いつぶりだろう。)
杏寿郎は桜がはしゃいで走り出すだろうと思っていたが、桜は立ち尽くしたまま杏寿郎の手を強く強く握り直した。
(この人に会わなかったら…、今隣に居るのがこの人じゃなかったのなら……ここへ来れなかった。こんなに心が震えなかった。)
波が打ち寄せる音と子供のはしゃぐ声が響き、嗅ぎ慣れない潮の匂いに胸が一杯になる。
(今ここで感じる全部、杏寿郎さんがくれた。出会ってからずっと引っ張って引っ張って、ここまで大事に連れてきてくれたんだ。)
「杏寿郎さん。」
長考していた桜を杏寿郎は笑みを消して見つめていた。
杏「どうした。」
桜は短く問う杏寿郎にゆっくりと視線を移す。
「私、杏寿郎さんが大事です。いつも杏寿郎さんは私の事を分かりやすく大事にしてくれますが、私も杏寿郎さんの事、とってもとっても大事です。なんだか、この景色を見ていたら……気持ちが溢れて…、」
杏寿郎は泣きそうになっている桜をどこまでも優しい笑顔で見つめ、桜の心が落ち着くまで大事そうに頭を撫で続けたのだった。