第75章 とある日曜日
その言葉通り桜は並んでいる間 ずっとそわそわとしていた。
『楽しみ!』という気持ちが体中からふわふわと出てしまっていて、そのゆるゆるの笑顔を見た者に笑顔を伝染させていく。
当然その中に男もいた為 杏寿郎は少しだけ眉を寄せて桜の頬を努めて優しく摘んだ。
杏「こら。少し緩ませ過ぎだぞ。それは家まで取っておいてくれ。」
しかし緩んだ顔のまま頬をむにっと摘まれた桜は何とも言えない庇護欲を掻き立てる顔になってしまい 周りのカップルが思わず笑い声を漏らす。
杏「むぅ。桜、戻ってきてくれ。笑われてしまったぞ。」
「どほにおいっえないえう。」
桜が嬉しそうな声で頬を摘まれたまま舌っ足らずな言葉を発すると 再びくすくすと笑い声が起こってしまった。
杏寿郎はすぐに摘むのを止め、今度は両手で桜の顔を覆う。
杏「すまない、何と言ったのか良く分からなかった。」
「『どこにも行ってないです。』って言いました。それより観覧車見せてください。これじゃ何も見えないです。」
桜が杏寿郎の手を掴んで外そうとすると 杏寿郎は桜を後ろから抱き、今度は自身の胸と手でガッチリと桜の頭を挟み、その顔を隠してしまった。
「むーーっ」
杏「乗るまで耐えてくれ。」
そう言うと杏寿郎は指に隙間をあけて目だけ見えるようにしてやる。
すると桜は呆気無く大人しくなった。
周りのカップルは男女問わず桜の笑顔を微笑ましく見ていたが、焦った様子の杏寿郎を見てギャップに胸をときめかせたのは当然女性のみである。
杏(……?…………穏やかだった周りのカップルが急にピリついたな。特に男が。)
元凶である杏寿郎は少しだけそう思うと桜を隠しながら観覧車までの行列を進んでいった。