第70章 お許しと引っ越し
「もうここに来る事はないのかあ……。」
桜はそう言って少し室内を見渡したが比較的あっさりと部屋を出た。
杏寿郎に焦がれて辛い思いをした事が多かった部屋だからだ。
杏「付いてきてしまっているな。桜、早く乗ってくれ。」
「は、はい……!」
桜はそれがストーカーだと気が付くと慌てて杏寿郎が開けてくれた助手席に乗った。
バタンッとドアを閉めると杏寿郎はキャリーバッグと大きな抱き枕をトランクへ入れ、自身も運転席に乗り込んだ。
杏「君は彼を親切だと評価していたがそれは何故だ?挨拶をするだけの仲ではなかったのか。」
そう言いながらエンジンをかけると杏寿郎は電信柱の陰に居る男をもう一度睨む。
そして男が竦んでいる隙に車を出した。
「それが、ごみ捨ての時にいつも『筋トレになるから一緒に捨てますよ』って回収してくれてて……………あ……、」
杏「君は本当に……、」
杏寿郎の心底呆れた声に桜は眉尻を下げる。
杏「ゴミは漁られていたのだろう。そうなると何を持って行かれたか分かったものではないな。酷く悪趣味だ。理解が出来ない。」
「で、でもオートロックのお外では誰にも腕さえ掴まれた事がないんですよ。ちゃんと言われた通り警戒して油断せず、躱すことだけを考えてお家まで帰れてました。」
桜が少し拗ねた声を出すと杏寿郎は少し笑って『それは確かに偉かったな。』と言った。