第66章 拗れる
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桜は話すようになってしまえばやはり杏寿郎に酷く惹かれた。
そしてそれは杏寿郎に嬉しさを与えると共に幻滅の感情も与えていた。
婚約者がいるにも関わらず桜が他の男である自身に何度も思わせぶりな赤い頬を見せたからだ。
杏「……一ノ瀬先生、今夜2人だけで飲まないか。」
金曜日、杏寿郎は桜があまりにも思わせぶりな態度を取るので薬指の指輪を見つめながら半ば自棄になってそう誘ってしまった。
すると桜は快諾する。
「はい!行きたいです!」
桜の方は問題のカナエ先生の姿が見えない事を理由に杏寿郎への恋心がすっかり復活していた。
杏「…………そうか、君は変わったな。」
「……え…………?」
聞き取れなかった桜が首を傾げたが、杏寿郎は明るい笑みを浮かべて誤魔化した。
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互いに先生呼びではあったものの、2人で過ごしたお酒の席は互いにとって基本的にはとても楽しいものとなった。
桜が男と2人きりで酒を飲んだのは杏寿郎とエンカウントしてしまった日と今日の2回だけである。
杏寿郎に強く惹かれ、その上2人きりになれた桜は嬉しさと期待を胸に秘めながら何度も杏寿郎の瞳を見つめてぽーっとした。
そしてその度に杏寿郎の胸は痛く苦しくなっていたのだった。