第64章 消えない不安と拒絶
杏(会わないでいるうちに何があった……。)
杏寿郎は自身を見て頬を染める桜を思い出して狂おしい程苦しくなった。
杏(ここの彼女は俺の妻ではない。恋人ですらない。会った数も数え切れてしまう程だ。ここまで拒絶されて……どうしたら、)
フッと力が抜けるとソファにドサッと仰向けに倒れ込む。
杏「どうしようもない。何も出来ない。桜の為を思うのならと言われたら……もう…、」
杏寿郎はそう言いながらぼんやりと『今世でも満開の桜を共に見る事は叶わないのか。』と考えていた。
そして のそりと上半身を起こすと桜に会えない週末に実家から取ってきた桜の忘れ物を眺める。
千寿郎の子孫であり今の杏寿郎の祖先である人達が杏寿郎の書き遺した手紙を読んで残しておいてくれていたのだ。
和服、洋服、お箏に間に合わなかったフルートまである。
そして葡萄酒色のリボンに、指輪は2人分。
写真は冊子になるほどあり、映っている2人は見るのが辛いほどに幸せそうだった。
杏「見せてしまえば良かった。全部話して、もう俺の妻だったのだと。そうしたら…、」
杏(そうしたら…、彼女は俺を選んだだろうか。俺達の過去は関係があるのだろうか。今ずっと彼女の近くにいるのは立道君だ。何が起こったのかなど容易に想像がつく。)
杏「やめだ。今は冷静じゃない。」
杏寿郎は洗面所へ行き蛇口の下に頭を突っ込むとそのまま水を被った。
そして髪から滴って床が濡れても暫く動けなかったのだった。