第64章 消えない不安と拒絶
(…………杏寿郎さんの心臓、全然ドキドキいってない……。こんなにたくさんキスしても何ともないなんて……。)
杏寿郎の胸の中でその静かな鼓動を聞きながら桜はまた不安を覚えてしまった。
杏寿郎はやるせなさからずっと眉尻を下げていたが ぎゅっと強く抱き締めるとパッと体を離した。
そして、その顔にはやはり余裕の笑みが浮かんでいた。
杏「またやってしまったな。すまない。……あまり長居してはいけない。帰るとしよう。」
「……はい。」
桜は下まで見送りに行くと言ったが杏寿郎はそれを許さず、結局また上から杏寿郎が車に乗ろうとするところを見ていた。
杏寿郎はやはり上を確認してくれて桜に手を振り返す。
桜は車が見えなくなるまで見送ると家に入り ぎゅっと胸の前で手を握って心のぐちゃぐちゃした気持ちを吐き出すように涙を流した。
(優しいのに…、何でお付き合いもしてないのにキスして…ドキドキはしてないの…?何でデートした事ないなんて言ったの……?動画でもキスしてた。デートはしない関係だったのに……なんで…、)
「杏寿郎さん……。」
『デートをした事がないのは今世の話である』とは思い至れず、桜はそう小さな声で杏寿郎を呼びながらその場にしゃがみ込んでしまったのだった。