第62章 エンカウント
杏「さて……すまない、待たせてしまったな。」
車を出し、後部座席の優介に話し掛ける杏寿郎の顔にはもう笑みは浮かんでいない。
優「構いません。…俺に話があるって言っていましたね。」
杏「ああ。君は彼女を諦めるつもりが無いだろう。」
優「………ありません。俺は…一ノ瀬さんをあなたが現れるより前から見てきました。勇気が足りなくて5年前、彼女に想いを伝えられなかった……俺はもう、後悔したくない。側で…何があっても支えてあげていたい。」
優介がそうハッキリ言い切ると車内はしんと静まり返る。
優介は緊張から喉をこくりと鳴らしたが、杏寿郎が発した声色は驚くほど柔らかかった。
杏「なるほど。君は……良い人間だな。君が良くない男ならここで少々懲らしめようと思っていたのだが…。」
杏寿郎は大通りの手前の信号で止まるとミラー越しに優介を見つめる。
杏「どうやら桜は男を見る目があるようだな!そして立道君、君の家はどちらだ!!」
優「えっ!?あ、こ、ここを右折して暫く道なりに進んで下さい……。」
杏寿郎のさっぱりとした空気に身構えていた優介はすっかり面食らってしまった。
杏「だが、俺も譲る気はさらさら無い。ただ正々堂々と口説き落とす事は約束しよう。」
優「…っ!!俺も譲る気はないですよ。」
杏「そうだろうな!!だが俺も負けん!!!」
優介はその言い合いに終わりがない事を悟ると小さく息をついて口を閉じる。
優(本当……嫌な人だったらよかったのに………。)