第57章 ※聞き分けとお返し
杏「初めて聞いたぞ。知らぬ間に掛けられていたのか。同じ男か?触られたりはしなかったのか。その乗り物にはどの程度の数の男がいたのだ。毎朝とは何年続いたのだ。」
その迫力に桜は叱られた子供のように眉尻を下げた。
「ご、ごめんなさい。違う人だと思う。乗る場所を変えても掛けられてたみたいだったから…。触られたことは……ない。人数は女の人と男の人が半分半分くらいだったと思う。十三から十五の時、三年間だけだよ。男の人が怖くなってからは車で送ってもらうようになったから…。」
桜は思い出すように視線を横に遣りながら懸命に答え終わると再び杏寿郎に視線を戻した。
杏寿郎は触れられた訳ではない事を知ると少し肩の力を抜いたが、今度は "電車" という存在にもやもやとした感情を抱いた。
杏「掛けられても気が付かないという事はそれ程近くに男が居ても不思議ではない乗り物なのだな。どの位近いのだ。」
「………………………。」
桜はそろそろと腕を伸ばすとすぐ近くにある杏寿郎の胸に手を当てる。
最初、杏寿郎は自身が質問をしたばかりだというのにそれが何を示すのか理解が出来なかった。
そして少しの間口を薄く開いて固まった後、目を大きくさせたまま眉尻を下げた。
杏「桜……、本当に触られなかったのか。あまりにも近い。これでは…、」
「……に、荷物がお尻に当たってるのかなって思った事は…… "毎朝" あったけど、でも、」
杏「その荷物とやらは、どの様に当たっていた。」
「…………………………。」
黙り込んだ桜を杏寿郎は大きな目で見つめる。
その声色は厳しかった。