第56章 戦いを終えて
(蝶屋敷にも呼ばれない。今日は重症患者さんが来ていないんだ。)
桜は勉強会が終わると手短に風呂を済ませ、治療の仕事に備えていた。
何の報せも来ない中、自身の手に目を落とす。
そして手首の内側を自身の鼻に寄せた。
すんすんと嗅いでみればやはり相変わらず白檀の練り香水の香りがする。
(体についた汚れも落ちる。付けた香水も落ちない。動体視力は上がったけれど筋肉も体力もつかない。体に変化が残るのは杏寿郎さんに愛された証拠くらいだ…。)
その気味の悪さに桜は眉を寄せた。
そしていつだか杏寿郎が言いかけた言葉を思い出す。
(『まるで…、』何だろう。『まるで、前にいた時代の時のまま変わらないでいるみたい』…?ここは私のいるべき場所じゃないと改めて言われているみたいで嫌だな…。でも、)
桜は鼻から手首を離すとそこに咲く華を見つめた。
(残るものもある。……杏寿郎さんが死ぬ運命の人だったから無いものと判断されて干渉できた、とかだったら…嫌だな。)
手を膝の上に戻すと両手の指を絡めて視線を落とす。
そうこうしている間に桜が座る縁側の先で雨が降り始めた。
(杏寿郎くん……。タオル、用意しておかなきゃ。)
そう思うと桜は千寿郎に声を掛けに行った。